でめ子のフルートと クラシック音楽と。。

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死の国の旋律・アウシュビッツと音楽家たち

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先日録画していたNHK制作『死の国の旋律・アウシュビッツと音楽家たち』を観ました。2003年に放送されたドキュメンタリーの再放送。映画「アンネの日記」でも同様の感情を抱きましたが、衝撃的な内容に一時間半、心が苦しく、息の詰まる思いでした。

舞台はアウシュビッツ収容所(1940年建設-1945年解放)。100万人もの人々が命を落としました。
そこには囚人で結成されたオーケストラが存在したそうです。結成の理由は外部からの目をごまかすカムフラージュと運営をスムーズにする為。
主人公はその囚人オーケストラでヴァイオリン奏者だった、ポーランド在住のゾフィア・チコビアクという老婦人。彼女は幼少期からヴァイオリンの音楽教育を受けていたため、メンバーに選ばれました。

彼女たちの任務は囚人をガス室へ送る際や強制労働の送迎などの際に、陽気な音楽、軽快なマーチやモーツァルトを演奏すること。
死のブロックと呼ばれる「第25番ブロック」では、食べ物も服もなく裸のままでただ処刑の時を待つ、生きた骸骨の様な囚人達に「ああ!こんな場所で音楽なんて!!」と罵られながらも陽気な音楽を演奏をせねばならなかった。演奏を止めてしまえば、自分たちも銃で撃ち殺されてしまうから。生き延びるため、死の恐怖から逃れるため、込み上げる感情を押し殺して演奏するしかなかった。
崇高な音楽を道具、人間の尊い命をモノとして扱う極悪非道で劣悪な環境。

同じ囚人でありながら"過酷な強制労働を免れ、食事も清潔な衣服も与えられる"という理由で志願者も多かったらしいのですが、オーケストラは常に演奏のクオリティを求められ、技量のある囚人が入団してくると辞めさせられるメンバーも少なくなかったそうです。
オーケストラの立ち上げから解散までを見届けた、唯一の生き残りであるゾフィアさんは「ナチスに加担してしまった」という罪悪感と自責の念に駆られ、戦後、強制収容所から生還した人々の互助会にも参加できず、60年余り過ぎた現在も精神的に苦しめられ、一人でひっそり暮らしている。
彼女は生きる意味を見失いそうになるとアウシュビッツを訪れ、何度も自分に問いかけるという。
「私の人生に、そして世界に、どんな意味があるのか、人間に何の意味があるのか」

ドキュメンタリーの最後に同じ囚人オーケストラメンバーだった友人から「どの季節が好きか?」の問いに対して彼女が言った言葉の一節が非常に印象的でした。

「畑の麦の穂が風に揺れるのを見たい。畑のあぜに寝転んでみるのが好きなの。」
「真っ白な雲と一面の麦の穂」
「人が幸せになるのにそれ以上何もいらないわ」

たった5年ほどの歳月がこんなにも人生を、人格を変えてしまう。。。
戦争関連のドキュメンタリーなどを観ると毎回感じるのですが、可哀想とか、悲しいとか、そういった稚拙な感情ではないんですよね。残酷すぎて涙も出ない。もっと、もっと、底なし沼のように深くて、出口がなくて、重いもの。
人間は何のために、この世に存在しているのでしょうか、生きていくことに何の意味があるのでしょうか。。。非常に考えさせられるテーマですが、難しすぎて私の中では答えが出ません。
ただただ「世界中が平和であって欲しい」そう願うばかりです。

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