でめ子のフルートと クラシック音楽と。。

初めての方、ご常連さま、お身内さん、ご訪問ありがとうございます!!フルートと大好きなクラシック音楽について綴っています。

全ては、あれがきっかけだった。

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今月はいよいよ?年齢の左側の桁が上がるので、
節目として、今までのフルート人生の中でワタクシが経験したこと、感じてきたことを
なんとなくつらつら書き連ねてみようと思う。
たいした内容でもないし、少し長文なのでお読みになる方は、おヒマな時にどうぞ。m(_ _)m

ーーー

フルートを始めたきっかけは、中学の吹奏楽部。
フルートを選択した理由は、音が綺麗とか、楽器がキラキラしていて
吹いている姿が美しいなどではなく、様々な楽器がある中で"一番難しそう"だったから。
この頃からすでにひねくれてた(苦笑)

「息は前に流れるのに、楽器を横に構えて何故音が出るのか?」という純粋な疑問と、
銀色の細い棒にたくさんキイがついていて、楽器の構造の複雑さも興味の一つだった。

中学・高校と吹奏楽部でフルートを経験し、
約5年のブランクからフルートを再開した20代。

実はフルートを再開したのには、ちょっとした理由がある。
19歳の時に接触事故に遭い、額を計7針縫うケガを負ったのだ。
私の不注意が招いたことだけど、私を撥ねた車が徐行運転だったのが幸いだった。

もし車のスピードが出ていたら、私はこの世にはいなかったかもしれない。
命が救われていたとしても、健康なごく普通の生活が送れていたかどうかはわからない。

車と接触した瞬間、近所の病院へ運ばれる救急車の中、
手術台の頭上から照らされる眩しい光を浴びた瞬間、感じたのは
死ぬかもしれないという恐怖と、短い人生への激しい後悔だった。

『このまま、何も努力しないまま、死にたくない。』

それまで特に何も考えず勉強もせず、のうのうと生きてきた自分があまりにも情けなくて、悔しくて、
寝かされた手術台で涙が止まらなかったのを鮮明に覚えている。

縦にうっすら3センチほどの額の傷は一生消えないけど、
後遺症もなく、また元気に生きていられる。

"神様からもう一度生きるチャンスをいただいたのだから、何か一つは努力をして死にたい"

そう心に誓った。

ーーー

フルートを再開したばかりの20代は、毎日吹くのが楽しくて仕方なくて、生きる喜びでもあった。
特に20代半ばからは、周りからも上手だねと口々に褒められるようになって、
演奏の仕事も頼まれるようになり、"私は周りとは違う"と、かなり調子づくようになっていた。
今思い出すだけで、本当に恥ずかしいのだけど、あの頃は根拠のない自信がみなぎっていた(苦笑)

しかしそんな勘違いも長くは続かず、20代も終わりを迎えるころT師匠と出会い、
楽器の奏法はもちろん、ひん曲がった性根を根本から徹底的に叩き直していただいたのだ(汗)

師匠と出会わなかったら、私はそのまま腐っていただろう。
自分を知らないまま。現実を知らないまま。本当のことを知らないまま。
せっかくもう一度生きるチャンスをもらったのに、うまく活かすことができていなかっただろう。

師匠には"感謝"以上の、言葉では言い尽くせないほど沢山のことを学ばせていただいた。

叱られ、怒鳴られ、罵倒され、レッスン中はもちろん、帰りの電車やバスでもよく泣いた。
私が生意気言って、土下座して嗚咽しながら謝ったこともあったなぁ。
譜面台が跳んできた時は想定外だったけど(笑)←*他の生徒さんにはないと思う。

極めていくことが、続けていくことが、これほどしんどいとは全く想像していなかった。
本番でもレッスンでも、うまくいった試しなんて一度もない。
今となれば、そんなの当たり前のことだと理解できるんだけど(苦笑)

その時期は演奏が好きとか楽しいとか、そういう感情はほとんど消えていて、
気がついたら『辛い、苦しい』という言葉しか持ち合わせていなかった。
"音楽"を耳に入れたくない時期もあった。

「音大も出ていない素人が、毎日毎日必死にこんなことやって、
いったい何になるのだろう。私は何をしているのだろう。」
そんなことばかり考えてた。

でも結局出た答えは「何にもならない、何者にもなれない。」
そこに本質はなかった。考えるべきはそんなことではなかった。

「甘っちょろいよ、あんた。その程度の心持ちなら、フルートやめな。」
以前の私に会ったら、そう叱責してやりたい。

努力とは自分を超えていくことだ。

師匠と出会ってからの、この10年はひたすら自分との戦いだった。
もちろんこれからもフルートを続けられる限り、一生戦うのだけど、
弱虫で自信がなくて、そのくせ病的なまでの負けず嫌いな私は
当時、自分のこともよくわかっていなかったし、苦しみとの付き合い方もわからなかった。

''絶対に這い上がってやる''という野心に対して精神が弱すぎたのだ。

そういう精神状態から少し解放され、自分を俯瞰して見られるようになってきた今、
思い起こせば、師匠も戦いだったのかもしれない。
生意気でガサツで、変ちくりんでひ弱な暴れ馬?は、さぞかし手のかかったことだろうと思う。(苦笑)

ーーー

『このまま、何も努力しないまま、死にたくない。』

落ち込んだとき、心が折れそうになるとき、諦めそうになるとき、
思い出すのは、あの手術台での涙。

それが私自身を奮い立たせていられる原点かもしれない。

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